
今年も梅雨の季節がやってきた。
世の中には、綺麗ごとが溢れている。
「雨の日には雨の日の良さがある」
「アジサイやカラフルな傘を探して好きになろう!」とか。
若い頃の私は、
そういう丁寧な暮らし系の提案が
ピンとこなかった。
どんよりした空を見上げて、
好きになる要素を探すなんて、
努力のコスパが悪すぎる。
二十代のある日、私は諦めた。
探して好きになるんじゃない。
もう、脳を味方にするしかない、と。
私の特技は、「ただ、そうだと決めること」だ。
雨の朝、目が覚めた瞬間に
「わぁ!今日雨だ♪
私、雨が世界で一番大好きなんだよね!」と、
脳内で大歓声をあげる。
心は1ミリも思っていなくていい。
これはほぼ役者の世界だ。
ルンルンした足取りで傘を選び、
土砂降りの日には「最高!!」と
叫びながらあえて傘を閉じてみる。
ワクワクしている人間の「形」を
全力で真似するのだ。
結果、驚くべきことに、
その日から私の脳は
本当に雨の日が大好きになってしまった。
このチートみたいな特技は、
人間関係にも絶大な効果を発揮する。
19歳の頃。
世田谷線の三軒茶屋駅前にあるサブウェイで
バイトをしていた時のことだ。
そこには、すさまじく不機嫌で、
すれ違うだけで空気を凍らせる先輩がいた。
バイトへ行くのが億劫で仕方がなかった私は、
駅のホームで深く息を吸い、
脳のスイッチをパチンと切り替えた。
『私は、あの先輩のことが、
狂おしいほど大好きなんだ』と決めたのだ。
扉を開けた瞬間から、
大好きな推しに接するように、
目を輝かせて挨拶をした。
先輩がどんなに冷たい態度をとっても、
「シャイなところが本当に愛おしい!」と
脳内で全肯定し、
恋人のようなエネルギーで接し続けた。
人間、自分を猛烈に好きでいてくれる人間を、
本気で嫌い続けることはできない。
大抵は悪い気がしなくなって、
牙が抜けていくものだ。
気づけばその先輩は優しくなり、
一緒に遊ぶようになって、
今でも付き合いがある。
私の世界は、私の言葉の決め打ちひとつで、
いつだって180度ひっくり返る。
最近では、この特技はさらに進化している。
夜中に蚊に刺されて猛烈にかゆいとき、
私は自分の足を冷ややかに見つめてこう呟く。
「え?そこかゆいの?
へー。大変だね。まあ、私の体じゃないし」
かゆみすら、完全な他人事。
脳のバグは、ついに肉体すら超越する。
世界を好きになる努力なんて、しなくていい。
「好きだと決めて、その役を演じる」
だけでいいのだ。
言葉ひとつで、現実はいくらでもハックできる。
さて、明日の朝、あなたは何を「決める」?





